How To Become A Pink Hacker

赤でも白でもない、ピンクなんだ!ピンクは何万通りもあるんだ!

新しい仕事にびびるの巻

ついったーでいろいろと転職したいとか新しい仕事ほしいとか言ったら、たくさんのエージェントさんに声かけていただきました。 そしてお仕事をいただくかどうかのとこまでもう少しなわけなのですが、いかんせん、みなさん強い。

わたし36歳なのですが、たぶん野良エンジニアとしてはまぁまぁやっていってるだろうという自負がありました。 だけどね。正規の強さというのは別格なんですね。 その名前ネットで見たことある的な人とか、「本を書きました」的なのすごすぎやしないか? わたしは36年間を鼻くそピンってするくらいの差がある気がする。

さて、ここからが本題なのだけど、そういう人たちからも仕事をいただけるのはありがたい。 LaravelだってGo言語だってなんだってやってやるさ。 こちらは野良エンジニア。

監視?設計?組織作り?哲学?倫理?契約書作り? なんでもご用命ください。

技術は生きていくためのツール。 生きやすいほうに流れていく。

最近読んでる本

寛容論 (中公文庫)

寛容論 (中公文庫)

世界の空き家対策: 公民連携による不動産活用とエリア再生

世界の空き家対策: 公民連携による不動産活用とエリア再生

プレゼン資料のデザイン図鑑

プレゼン資料のデザイン図鑑

人を育てることは、マネジメントの仕事か?

人を育てることは、マネジメントの仕事か?

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 を読んでていて、あるいは ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現 を読んでいて気づいたことがあります。マネジメントに関連する本を読んでいて「誰か(部下など)を成長させる」ということについて、紙面が割かれていないのです。欧米と日本では、マネジメントの役割が少し違うようです。

わたしの個人的な話なのですが、十数年前にペーペーエンジニアとして所属していた企業の私の上司さん(マネージャーさん)たちは、わたしたちのうち何人かが資格を取得したり昇級したりすることが自身の目標として課せられていたように思います。

このように日本式のマネジメントでは、成果として「部下の育成」が含まれることが多いのかなと体感的に思います。これは、日本の一般的な企業が、新卒一括採用→終身雇用を前提としたピラミッド型組織で運営されていることに由来していると思います。日本式のマネジメントでは、人材育成について管理責任を持たせなければ、組織を維持できないのです。ティール組織で紹介されている言い方でいうならば「アンバー(順応型)組織」では、役職ピラミッドが構成されています。そこでは、ひとつ上の仕事をするためには、いまと違うスキルが必要になります。上司は部下を育成して、「ひとつ上の階層に引き上げる仕事」が必要になってくるのです。欧米では、「管理職として適した人材」を、市場に求めます。

さて、マネジメントのことを書籍に求めた場合、どうも人材育成についてほぼ触れてくれないようです。しかし、日本のマネージャーは、人を育てられる人にならないといけません。なので、人を育てることにつながるお話をしたいと思います。

小咄 ― 人を変えること ―

あなたは部長です。 あなたが部下にこういいます。

「これから毎日、活動報告をわたしに送るように」

翌週の金曜日、ある1人が活動報告を送るのを忘れて帰宅してしまいました。 あなたはこういいます。

「あいつは仕事を疎かにするダメなやつだ」と。

さて、あなたはその日の夜に、テレビを見ていました。 番組で「日記を毎日続けて書くことで、人生が大きく変わります!」と紹介されていてました。 あなたは思わず「明日から日記を始める!」と妻に宣言します。

翌日、文具店で3年日記を購入しました。 そして家につくと、早速初日の日記を書き始めます。

月曜日、あなたは部下にこう言います。

「ほんの5分でできることを、なぜできないんだ。今日から帰宅前に、忘れずに活動報告を送るように。」

部下も反省して、今日の分をきちんと送ってきました。

一方、日記は少しずつ少しずつ書き進めていき、もうすぐ一週間。 しかし金曜日は同僚と飲み会でした。 ここから日記を書くことがピタッと止まります。

翌週また、例の部下が活動報告を送ってくることを忘れました。 そのとき、あなたはまた同じことを言います。 そして、自分の日記も続いていないことを思い出しました。

人を変えることは、たとえ5分でも難しい。

小咄を見ていただきました。 もしかしたら、あなたの中にも思い当たることがあるかもしれません。

自分を変えられない人が、人を変えられるでしょうか。 人を変えられる人は、自分も変えられるのでしょうか。

ここで紹介するのに、ぴったりの言葉を見つけました。

神よ、天にまします父よ、
私たちに変えられないものを受け入れる心の平穏を与えて下さい。変えることのできるものを変える勇気を与えて下さい。そして、変えることのできるものとできないものを見分ける賢さを与えて下さい。われらの主、イエス・キリスト。アーメン。

Wikipedia より 「ニーバーの祈り

さらにもう1つ

困難が我々を襲った時、治療法があったなら、
落ち込まないといけない何の理由があるだろうか
もし助けになるものが何もないなら
落ち込むことが何の役に立つだろうか

1つの結論が得られたと思います。 人を変えることは、できないのでしょう。

なにかをやらせたいと思ったとき、何かを強制的にやらせるにはムチしかないのです。 これは歴史が物語っています。

さて、それではどうやったら人は「育つ」のでしょうか。

人を育てる?育つってなんだ。

もしあなたの部下にとある資格を取得することを指導しないといけないとしたら、あなたは何を教えますか?

  • よい参考書を教える。
  • 勉強方法を教える。
  • 過去問を解かせる。

うーん、これらは全部自発的ではないですよね。 自発的にやるにはどうしたらいいでしょうか?

  • 昇進・昇給するよと伝える。
  • 持っていると信用されると伝える。
  • 持っていないと複雑な仕事ができないと伝える。

モチベーションを上げるために、お金や信用などのアメ、仕事ができなくなるなどの脅しを交互に使うのでしょうか。

話は少しかわります。 資格を取得させることは、育てることなのでしょうか? あなたにとって、部下の成長とは、資格を取ることでしょうか? 一人前になるっていうのは、どういうことですか?

上にあげた例を考えると、部下に対してあなたが影響できることは、ほとんど無いように思えます。 説得するんでしょうか… その説得の時間が嫌で資格をとるモチベーションになることもあるかもしれません。 しかしそれは育ったといえるのでしょうか?

人材育成はマネジメントできない。

アンドリュー・S・グローブさんが著書の HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント のp234でこう書いています。

マネジャーはどうやって部下にやる気を起こさせるか。一般的に、このことばには、何かを他人にさせるというような含みがある。だが、私にはそういうことができるとは思えない。モチベーションなるものは人間の内部から発するものだからである。したがって、マネジャーにできることは、もともと動機づけのある人が活躍できる環境をつくることだけとなる。

マネジメントの本を参考に考えると「人を育てることはマネジメントできない」ということで、結論付けてよいのでしょう。私もそう思います。先ほどの例で考えると、資格を取ってもらうことはマネジメントの仕事ではないのです。

例えば、あなたが電気工事を請け負う会社の部長さんだとします。 部下になる人を募集する際に、「電気工事士の資格必須」と書けば、先ほどあげた例のような、部下に資格を取らせることは考える必要はありません。 あなたは自分のマネジメントに専念できるのです。

あなたがやるべきマネジメントは、売上または利益をアップすることであって、部下の資格取得に責任を持つことではありません。 むしろその無資格者をあなたのチームに加えられたことにより、タダ飯喰らいの面倒を見させられている可能性すらあります。 それはあなたの上司や会社からの嫌がらせなのでは? 人は誰かが育てることで、ぐんぐんと育つものではないのです。

それでは、人材育成を考えることは難しいのでしょうか? 人が育ちやすい環境を整えること。それが日本式マネジメントの人材育成と言えると思います。

人が(自分で)育ちやすい環境

人が育つということ。それだけを考えるならば、本当に素敵なことです。倉橋惣三先生の 育ての心〈上〉 (倉橋惣三文庫) の文章を引用します。

 自ら育つものを育たせようとする心。それが育ての心である。世の中にこんな楽しい心があろうか。それは明るい世界である。温かい世界である。育つものと育てるものとが、互いの結びつきに於て相楽しんでいる心である。

 育ての心。そこには何の強要もない。無理もない。育つものの偉(おお)きな力を信頼し、敬重して、その発達の途に遵うて発達を遂げしめようとする。役目でもなく、義務でもなく、誰の心にも動く真情である。

 しかも、この真情が最も深く動くのは親である。次いで幼き子等の教育者である。そこには抱く我が子の成育がある。日々に相触るる子等の生活がある。欺うも自ら育とうとするものを前にして、育てずしてはいられなくなる心、それが親と教育者の最も貴い育ての心である。

 それにしても、育ての心は相手を育てるばかりではない。それによって自分も育てられてゆくのである。我が子を育てて自ら育つ親、子等の心を育てて自らの心も育つ教育者。育ての心は子どものためばかりではない。親と教育者とを育てる心である。

つい最近まで、「男は結婚して子どもが産まれると成長する」なんていう話が、ビジネスの世界ではありました。 お子さんが生まれた男性の何割かには、「育ての心」が芽生えたのかと思います。 育ての心が芽生える。それは、「人は育てるのではなくて、自分で育つのだ」ということを、実際に悟ったということでしょう。

「私が部下を育てよう」「わたしが○○を育てた」などと豪語する人は、信用に足る人ではありません。 なによりそういうことを言ってしまう人の部下になりたいと思えません。

新卒一括採用→終身雇用を前提としたピラミッド型組織の中でさえ、育ての心が大事なことであると伝わってきました。 せっかく伝わっているのに、それは技術の問題ではなく、人柄の問題にすりかわってしまっているようです。 いい上司を思い浮かべてみましょう。最高の上司です。笑顔で、否定せずに話を聞いてくれ、自分を認めてくれ、仕事を任せてくれる上司が浮かんだのではないでしょうか。 たしかに「人柄がよい」で片付くかもしれません。 しかしこの人柄は、すべて育ての心に書いてあるとおりです。後天的に身につきます。その上司のあなたに対する態度は、育とうとするものを育てようとする人が見せる姿なのです。

育てるとは野放しにすることなのか?と言われるとそうでもありません。 サントリー創業者 鳥井信治郎 さんの「やってみなはれ」はあまりにも有名な言葉です。 「やってみなはれ。やらなわからしまへんで。」やったあとの失敗については「失敗してもいいじゃないか」「それはおまえの責任ではない」と部下に伝えます。成功は部下のもの、失敗は上司のものです。部下を信用して、任せて、一緒に考えようと伝えます。いつも少し後ろで見ているつもりで、歩かせることで、部下は自ら育つのです。

会社を変えるには時間がかかります。会社を変えることなく、すぐに部下が身を置く環境を変えて、部下が育ちやすい環境にするには? そうです!あなたが変わればすぐに変わります!

「やってみなはれ」と言ってくれる上司に、あなたが育つにはどうしたらいいでしょうか?

あなたから変わる。今日からいい上司。

誰かを動かすことはできなくても、自分を動かすことはできます。 まずはぜひ、3年日記を始めてみましょう! たった5分です。たった5分、毎日継続することのなんと難しいことでしょう!!

日記以外にも、運動や早起き、ボランティアなど、継続することが難しいものにぜひ挑戦してみてください。 私のオススメは「募金箱を見たら必ず1円以上入れる」です。 そして、どうすれば、それらを継続することができるのか。 それらを継続してもらうにはどう伝えたらいいのか考えてみましょう!

次に、D・カーネギー先生が 人を動かす 文庫版 で紹介されていたシビル・F・パートリッジさんの有名な「今日だけは十箇条」を実践してみてはいかがでしょうか?

1.今日だけは、幸福でいよう。リンカーンは「たいていの人々は、自分で決心した程度だけ幸福になれる」と言ったが、まったく至言である。幸福は内部から生じる。外部のことがらではない。

2.今日だけは、自分自身をその場の状況に順応させて、自分の欲望のためにすべてを順応させることを控えよう。自分の家族も仕事も運も、あるがままに受け入れて、自分をそれに合わせよう。

3.今日だけは、身体に気を付けよう。運動をし、身体を大切にし、栄養を取ろう。肉体を酷使したり、軽視することは慎もう。そうすれば、身体は意のままに動く完全な機械になるだろう。

4.今日だけは、自分の精神を鍛えよう。何か有益なことを学び取ろう。精神的な不精者にはなるまい。努力と思考と集中力を必要とするものを読もう。

5.今日だけは、魂の訓練のために三つのことをしよう。誰かに親切をほどこし、気付かれないようにしよう。ウィリアム・ジェームスが教えているように、修養のために少なくとも二つは自分のしたくないことをしよう。

6.今日だけは愛想良くしよう。できるかぎり晴れやかな顔をし、穏やかな口調で話し、礼儀正しくふるまい、惜しげなく人を褒めよう。他人の批判やあら探しを慎み、他人を規則で縛ったり、戒めたりすることをやめよう。

7.今日だけは、今日一日だけを生き抜くことにして、人生のあらゆる問題に同時に取り組むことをやめよう。一生の間続けるとしたら、嫌気のさすような問題でも、12時間ならばがまんできる。

8.今日だけは、一日の計画を立てよう。処理すべき仕事を1時間ごとに書き出そう。予定通りにはいかないかもしれないが、ともかくやってみよう。そうすれば、二つの悪癖-拙速と優柔不断-と縁が切れるかもしれない。

9.今日だけはたった一人でくつろぐ時間を30分だけ生み出そう。この時間を使い、時には神について考えよう。人生に対する正しい認識が得られるかもしれない。

10.今日だけは、恐れないようにしよう。とくに幸福になることを恐れたり、美しいものを楽しむことを恐れたり、愛することを恐れたり、私の愛する人が私を愛していると信じることを恐れないようにしよう。

人材育成について、おすすめの書籍

まずはあなたから。 不朽の名作、人を動かす

人を動かす 文庫版

人を動かす 文庫版

 

育ての心の第一歩は、相手を見つめ、認める・受けとめること。

育ての心 (上) (フレーベル新書 12)

育ての心 (上) (フレーベル新書 12)

 
育ての心 下  フレーベル新書 13

育ての心 下 フレーベル新書 13

 

歴史の授業で習いました!世阿弥! ひとつひとつの技術をきちんと伝承し、育てること。 室町時代のFAQは、現代といささかも変わりません。

風姿花伝 (岩波文庫)

風姿花伝 (岩波文庫)

 

あなたが「できる人」なら...

開発プロジェクトで技術よりも何よりも大事なもの―それは「人」です!

ピープルウエア 第3版

ピープルウエア 第3版

 

「管理」と「経営」:どちらもマネジメント

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

 

今日のタイトルは「管理と経営:どちらもマネジメント」です。

読者のみなさん(今後は「あなた」と書こうと思います)は、マネジメントと聞くと「管理」と「経営」のどちらを思い浮かべるでしょうか。

(シンキングタイム10秒...)

management という言葉は「経営」という意味で使われることが多いかと思います。

このブログで取り上げるマネジメントとは、管理を意味するマネジメントであり、経営を意味するマネジメントではありません。経営のマネジメントを期待なさった方、ごめんなさい。ただ、もし経営のマネジメントの話を読みたかったなという方も、ぜひ当ブログの記事をお読みいただきたいです。その理由はもう少しあとに説明いたします。

目次

管理と経営のマネジメントの違いを定義しよう

あなたが経営のマネジメントについて、もう少し詳しく知りたい場合は、こちらの記事を読むとよいでしょう。

www.pmaj.or.jp オンラインジャーナル/今月のひとこと「マネジメント(management)とは・・・・P3M!?」

P.F.ドラッカーマネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 が手元にありましたので、マネジメントとは何かを求めましょう。

マネジメントは、組織を機能させ、その目的とする貢献を果たさせることである。

マネジメントは、事業上のリスクを負い、将来の活動に着手するうえで必要な利益の最低限度というものを知っておかねばならない。

P.F.ドラッカー・上田惇生(編)(2001)マネジメント【エッセンシャル版 】―― 基本と原則 ダイヤモンド社 P.100

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

 

マネジメントは単なる職業ではなく、資本主義を前提とする現代で活動する人間が営む事業の進め方そのものであるという風に読めます。

この本で使われている「マネジメント」という言葉は、あまりにも範囲が広いです。わたしには少し持てあまします*1

なので、当ブログでは、マネジメントは管理のことであると範囲を縮小して説明します。そして、経営のマネジメントとは日本語では「商い」のことと定義します。

管理のマネジメントは経営のマネジメントのどの部分?

次の表をご覧ください。この表は、経営をおこなう際に個人と組織がなんの力が必要かを表しています。

活動 個人 組織
内向きの活動 技術力 管理力
外向きの活動 営業力 政治力

個人と組織の内向きと外向きの活動を全部駆使することで、経営はうまくいきます。 管理とは、組織の内向きの力のことです。

管理と経営は非常に共通点が多いです。しかし、管理は内向きの力なのです。

管理とは、3つに集約されます。

  1. 目標と計画を策定し、みんなに周知すること。
  2. 人を迎え、留めること。
  3. 現金を確認すること。

この3つです。この3つは10年ほど前に、どこかで有名な社長さんがおっしゃっていたことをメモしたと記憶しているのですが、すいません忘れてしまいました。*2

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う などの有名な本を見てみると、だいたいが 1 の「目標と計画を策定し、みんなに周知すること。」をどう考えるかを書いています。経営と管理は、思考の出発点はほぼ同じです。それを内外に発信するのは経営ですが、内側に発信するのは管理だとわたしは考えています。

セルフマネジメント→自分管理(ひとりマネジメント)

ひとりマネジメントについては、フリーランスの方、もしくは少人数の組織を経営している方々が、管理について学ぶ機会になるといいなと考えています。

まずは1人でマネジメントをスタートしてみましょう。あなたがどんな役職を担っていてもかまいません。あなたがあなたをマネジメントすることは、非常に合理的です。現在と未来を比較して、自分を引き上げることはマネジメントとそのものです。

著者である私は、プログラマシステムエンジニア兼リーダー兼マネージャー兼経営者(社長)です。日々色々なことを考えているので、いろいろ話しがふらつく可能性もありますがご容赦いただきたいです。

管理する人は、商いを知ろう

あなたの上司が、商売についてまったくの素人だとしましょう。*3
夢ばかりを語り、事業を慌てて拡大し、来月のキャッシュがゼロになる可能性が出てきました。あなたはあと何ヶ月この人の元で作業しなければならないのでしょうか。一寸先は闇です。

あなたの上司になる人は、いつだって近江商人の心得を知っているほうがよいのです。

まずは近江商人の商売十訓です。

1 商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
2 店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何
3 売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる
4 資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし
5 無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ
6 良きものを売るは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり
7 紙一枚でも景品はお客を喜ばせばる つけてあげるもののないとき笑顔を景品にせよ
8 正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ
9 今日の損益を常に考えよ 今日の損益を明らかにしないでは、寝につかぬ習慣にせよ
10 商売には好況、不況はない、いずれにしても儲けねばならぬ

そして有名な”三方よし”です。

売り手よし、買い手よし、世間よし

わたしたちが売る商品がお客様に渡ったとき、お客様にとってそれはいい結果でしょうか?お客様のご友人やご家族にとってはいかがでしょうか?

近江商人の商売十訓は、商いの基本をわたしたちに教えてくれます。管理するにあたって、商いの話を最初に知ることは、当たり前の大前提です。

なぜなら、あなたが今から管理するのは、資本主義的な組織であり、あなたが提供するモノやサービスは、すべてが対価があるものだからです。*4

あなたが管理するのは人です

いまからわたしが言うことは、当たり前のことですが毎回書きます。

あなたが今から管理しようとしているのは人です。セルフマネジメントであれば、あなた本人です。組織であれば、あなた以外の誰かです。

その人たちは、それぞれ性格が違い、育ってきた環境が違い、得意なこと・やれることが違います。

100人の人を同じ方向に向かせる場合、やり方はいくつかあります。

まず1つめはムチを使う方法です。2つめはお金による買収です。3つめは、本人たちを説得して、本人の意思で同じ方向を向いてもらいます。

1, 2, 3のうち、あなたはどれを選びますか?

これからマネジメントを学ぶみなさんは、3を選んでくれたと信じています。

まとめ

さて、これからのことを長々と書いてきました。 ゆっくりの投稿になりますが、次からはマネジメントの話をはじめましょう。

わたしは10年社長業をやっていますが、マネジメントについてきちんと整理して考えはじめたのはほんの3年ほどかと思います。 マネジメントについて聞くためには、経験が必要になることが多いのです。

あなたに何度も読んでいただけるように、たびたび書き直していきたいと思います。 あなたが知りたいことを早く書くために、ぜひコメントをお願いします。

*1:Fカップは持てあます 新春HEET祭り⑧ 【やきいも】王座決定戦 前編 - YouTube

*2:どこかのサイトの記事で紹介されていたかもしれません。

*3:どうしてこんな組織にあなたは入ってしまったのかですって?例題の原点を考えて思考領域を消費するのはやめましょう笑

*4:対価が無い…一般的にボランティアと呼ばれるものについては、ここでは組織とみなしません。組織的なボランティアとは、自発的な意思に基づいた協調であり、対価の交換で成り立つものではないからです。

田舎ノマド的なはなし

田舎ノマド的なはなし

今日、喫茶店に行こうと思った。
正式には喫茶店ではない。村が提供しているサロンだ。
そこの珈琲を飲みながら仕事をしようと思ったのだ。

いくつかのやらないといけないこと、資源ゴミを捨てること、スタッドレスタイヤのはきかえを依頼すること、精米しにいくこと、灯油を買いに行くこと、お友だちの息子に我が家の子ども用自転車をあげることを全部まとめてやることにし、帰りは妻の車に乗ろうとした。

さて、資源ゴミを捨て、精米と灯油は妻の車に乗せてあとで帰りに一緒に行くことにし、車屋さんにいってスタッドレスタイヤの履き替えを依頼した。そしてそこで働くお友だちに自転車を渡してきた。

なんと順調なんだろう。
素晴らしい。
今日は快晴で空気もうまい。

車を預けたので徒歩で喫茶店へ。

茶店に入る前に、車がたくさん止まっていてあらこれはと思っていたが、入店してみると「ごめんなさーい」と言われる。
つまり今日も老人会が全席予約をしていて、2時半までしかだめだそうだ。
仕方ないから図書館に移動して、この文章を入力している。
周りには誰もいない。
ここはいつも無人だ。
悲しい。
他の喫茶店は遠いので歩く気はしない。

毎月第4火曜日は予約されているらしい。
そういうのはしょうがないと思う。

わたしは珈琲が飲みたいだけだったけど、いろいろ詰め込みすぎちゃったな。
また行けばいいよねと思う。

もしくは、もう1件、おじいさんおばあさんに影響されないお店があったらなぁと切に願うが、この村で採算がとれるような業態で喫茶店なんて無理だろうなとも思う。

 

小学校卒業式の批判

小学校卒業式の批判

本日、四男が小学校を卒業した。非常にめでたい。 そしてこれが5回目の小学校の卒業式であり、そしてなんと、私はPTA会長として2回卒業式を経験しているため、これで7回小学校の卒業式に参加していることになる。地元議員も真っ青の経験値であると自負している。

小学校の卒業式は、このような流れで進んでいく

  1. 国家斉唱
  2. 校歌斉唱
  3. 卒業証書授与
  4. 学校長挨拶
  5. 来賓挨拶
  6. 在校生から別れの言葉→合唱
  7. 卒業生から別れの言葉→合唱

みたいな感じだ。

いまの学校は非常に少人数で、1クラス16人しかいないので、卒業式は全体で1時間10分ほどだったかと思う。 東京のころの小学校では、だいたい2時間ほどではないだろうか。3クラス80名くらいだったかと思う。

とりあえず、上に書いた流れのうち、1~5はしょうがないと思う。式だもの。 校長先生も村長さんもPTA会長さんも挨拶すればいいと思う。 個人的にはPTA会長の挨拶は必要ないと思う。なので挨拶は2人だ。 この2人には良いことをいっぱい言ってもらいたい。

別れの言葉いらんやろ!!

やれ自主的に考えろだ、自立して行動しろだ、なんやかんや言っているわりには、

「ぼくたちー」 「わたしたちはー」 「そつぎょうしまーす」

「「「そつぎょうしまーす」」」

って全国共通かー!

いまの学校は卒業証書を受け取ったときに、「将来の夢は●●です」みたいなこと言わなくてよかったなと思ったけど、小学校や中学校の卒業式で「将来の夢は●●です」って、これ100000000%挫折感あたえるでしょうが?ねぇ?小学校のときに思ってた夢を叶えられるひとどんだけいると思ってんだーーー!!!!!!!

看護師になりたいだとーーー?? 親にまず看護学校用の貯金をお願いせんかーーーい!

ふぅ、今日のことじゃないことで脱線した。

本当に自由とか自主とか自立とか自尊とか言っているわりには自由を与えてくれないこの教育なんなの?自由惑星同盟だってもっと自由だ!あっ、退職する自由はないけど(含み笑い)

運動会で全力出し切りました!って言わせて大人はなに聞いてるん? 在校生に「憧れの6年生」って言わせて大人はなに聞いてるん? 縦割り社会の形成!縦割り社会の形成以外に役立つことがひとつもありません。 憧れっていうのは、学年で決まるものじゃないでしょ。よく考えて。

例えば自分(36歳)の横に座ってた紳士(70歳くらい)が、マタニティマークをつけた娘さんに私よりさきに「お嬢さんどうぞ」って言ったらそりゃ尊敬しますよ。 そうじゃなくてその紳士より私が先に譲ったら、その紳士から「先ほどは先を越されちゃったね。その行動力尊敬するよ」と言われたら嬉しい。 うれしいから優しくする。優しくすると尊敬される。憧れる。そこにしbr(早めの省略ジョジョネタ

憧れも、がんばりましたも必要ない。それぞれの胸の中にある。 そういう「がんばった記憶が胸の中にありましたね」的なトークを学校長がすればいいのよ。そして、先生わかってらっしゃる。俺たちあのときがんばりましたっていう涙が、わたしたち大人の胸を打つんじゃないでしょうか。

だから在校生と卒業生の挨拶はいらないと思います。 教育委員会にぜひご検討いただきたい。

卒業式っていうのは、式で感動するんじゃないよね? 式で感動するんじゃなくて、それまでの積み重ねが見えるから感動するんだよね? だから、お涙ちょうだいの式をするんじゃなくて、今後はぜひあっさりと卒業式は終わってもらって、写真撮影とか、最後のHRとか、そういうので涙流せばいいじゃないの。

あと、最後の共同作業的な意味で、合唱はとてもよいと思う。 卒業生へ歌のプレゼント、それもいいのではないでしょうか。 歌はね、心を揺さぶるでしょ。言葉より雄弁に語るでしょ。ね。 歌が在校生と卒業生の1曲ずつ、それもピアノじゃなくてテープでいいよテープで。

やれピアノがよくなかったとか途中で止まったとか本当に保護者はやめたげて!!先生だって一生の思い出に一所懸命練習して臨んでの! 少しくらいミスしても優しくしてあげて!わかる!少し音がはずれてしまった曲は感動がそがれるよね!だけど「ミスしそうだな」って思ったらテープにするとか考えるのは経営判断!彼/彼女たちは従業員なの!「失敗しそうなのでやめたいんですけど」って音楽の先生がいえますか?言えませんよね?システムエンジニアだったら「この作業はヒューマンエラーが起こる可能性が高いので自動化したい」って言うけど、音楽の先生だったら言えないんですよ!!!! だから本当に先生のミスを指摘しないであげて!先生、とってもすてきな生演奏を本当にありがとうございます!今回先生が少しミスしたとき在校生の曲が止まりましたね。やっぱり5年生の指揮者じゃ、ピアノのほうを向いてキョロキョロしちゃう。それは仕方ないけど、指揮者には、ピアノが止まっても歌を止めないことを教えないといかん!それが教育やとわたしは思います。

最後に、PTA会長も、まんべんなく全員に向けて話をしようとしないで! 「運動会・発表会、がんばりましたね?」じゃなくて、「いつもうちの息子たちと元気に遊んでくれてる姿を見て、とってもうれしかった」とか言おう!誰の心にも届いてないよ! 「みんなに聞いてほしい」は「誰も聞いてない」だよ! もっとターゲット絞って!「運動会のとき転んだ●●ちゃんを助けてくれたのは、保健委員の△△くんでした。さっと言って大丈夫?と声をかけて、保健室につれていく。きちんと自分の仕事をやってのけて偉かったと思った」とかそういうのほしいです! もっと子どもたちのことよく見て!

村長さんもあんまり子どもと関わることないと思うけど、それなら今からの社会のこととか、村の行政のこととか保護者向けも交えて語ろう!15歳で村から大半の子たちが出ていく、あと3年間でこの村とわかれたとき、この村とどうやって向き合っていくのか考えてほしいとか言おう!

さて、いろいろ書きましたが、本当に小学校のテンプレ卒業式に嫌気がさしております。 今日の良き日、息子と妻は、最後の謝恩会に参加しているので一人喫茶店でこれを書いております。 あと7年すると、一番下の娘が小学校卒業なのですが、それまでにぜひ!ここに書いてあることのほんの一部でも変わっていたら...わたしはきっと驚くし喜ぶでしょう。 そのとき元号はなんなんでしょうね。

今日は平成最後の小学校卒業式でした。 同じように卒業されたお子さんを持つ保護者の皆様。本当におめでとうございます。

今の時代、産んでも自己責任だなんだと言われ、ベビーカーで電車もバスも乗れず、子どもが外で遊んでればうるさいと言われ、ボール遊びをするところもなく、道路にチョークで落書きすれば怒られ、手持ち花火もできず、なんなのこの時代?外遊びで楽しいことひとつもないやん!ブランコもジャングルジムも無限にぐるぐる回るあの遊具もどんどん撤去されて最後にはすべり台と砂場だけになった公園が、近所にどれくらいあるでしょうか。子どもが外で遊ばなくなってもう20年以上が経過しようとしているようです。

小学校では英語やプログラミングが加わり、中学校ではダンスがは加わり、いろいろ変わりゆく中で、子どもたちは育っています。

今日校長先生も言っていました。「勉強に部活に、がんばってください」と。中学生は勉強と部活以外やる暇はないようです。 ただね、ただですよ。先生。わたしは家庭としては、もう少し家庭ごとの特色を出してもいいのではないかなと思うんです。

なので、例えば水木の2日は、14時には家に帰って、保護者と相談しながら自分でやりたいことを探す日にするとか、そうやって時間を少しずつ家庭に返していくのが、いいのではないかなと思います。部活動をする先生の負担の大きさも社会問題となっている昨今ですから、8時に出社したら17時までは社会人の基本ですよ。パーゴですよパーゴ。先生方は給食や休みの時間もかなり少ないので、8時出社で15時までに子どもたちは帰ればいいんではないでしょうか。そのあと先生は休憩と翌日の準備や研修をしたりすると。

いろいろ脱線しましたが、これからも子どもたちの環境がもっとよくなることを願って、終わりたいと思います。 ありがとうございました。

明治という国家から見たアメリカナイズ

明治という国家から見たアメリカナイズ

司馬遼太郎著「明治という国家」を読んでいます。現在第八章で、アメリカ海軍のマハン大佐を訪ねた秋山真之さんの話です。

少し、司馬先生の文章をお借りします。(漢字や改行は本文まま)

 とにかく、アメリカ海軍のやり方は、基本的にはイギリス海軍のやり方から出たものなんですけども、アメリカらしくシロウトが考えた合理主義やアイディアをどんどん出していくところがあって、秋山がみてもずいぶんちがった海軍になっている。たとえば、いろんな軍艦が、順を追って出ていくわけですが、その軍艦の名前は何だといって、その名前は小さく書いてあるだけですからよくわからない。それをデッカイ数字で番号を打って他から識別しやすくする。いま何という軍艦が出ていった、二番が出ていった、五番が出ていった、七番がいま準備しているとか、むろん固有名詞はついているんですけども、そのようにすると、水兵から士官の偉い人まで、その軍艦が出ていく姿が見やすくなる。いわば英国ふうの名人芸というものを否定して、誰でも参加できる考えで海軍をつくっている。  そういうことは秋山のものの考え方をずいぶん刺激するところがあったろうと思います。

「明治という国家」司馬遼太郎著 第八章より

 「名人芸というものを否定して、誰でも参加できる考えで」これがアメリカナイズというものなんでしょうね。システムエンジニア(技術屋さん全般)の世界でもアメリカナイズがずっと続いていて、名人芸ではなく誰でもできることがよいとされているように感じます。誰でもできるということは、すなわちコストダウンなわけで、企業としては経営合理化・生産性のアップなど、良いことはたくさんあります。アメリカの良いところは、こうして全世界に広まっていきました。

 そして、全世界に広める一番先頭を走っているからこそのアメリカ中心世界経済であったわけですが、昨今は(システムの世界では)イスラエルやインドなどの台頭によって、システム開発の現場は少しずつ様相が変わっているように思います。つまり、一番最初は良かったはずのアメリカナイズ(誰でもできる)がいきすぎて、価格競争と高級化が進み、名人芸 or 誰でもできるの二極化に早変わりしつつあるということです。

いま日本では、「SEは誰でもできる」とされているものの、「誰でもはできるような気がするけど、誰もがうまくできるものではない」ということで、あんまり仕事が汎化されていないような状況かなと思います。

RPAは誰でもできないの極みでしょうね。急先鋒のRPAは、とにもかくにも役場などに潜り込み、設定変更だけで数百万というお金を外資に提供して、使えない日本人*1を駆逐していこうと、そういう感じを受けます。RPAで生産性があがるような仕事は、むしろ今まで何回もなくなる可能性があったと思います。これらはコストが見合わないとか、●●さんが考えた仕事だからとかで先送りされていたのではないでしょうか。たぶん、部分的な改修だと数万とか数十万で、決済を嫌がられるんでしょうね。まとめてやってよみたいな感じで。そういう細かいことを改善していく予算は承認されづらいですよね。それをここまで真剣に業務分析をさせたRPAを売る営業さんの努力はなみなみならなかったろうし、結局なにが言いたいのかというと、技術としてはまったく目新しくないものをきちんと着眼して、さも素晴らしいもののように思わせる技術=営業力っていうのは、そういうのをブルーオーシャンって言うんだなって思って、わたしの中でアメリカナイズが技術から経営、経営から営業に行ってさらに技術に戻って一周した感じがあっておもしろかったです。

*1:これは語弊があって、使えない業務を生み出してた人を差し置いて、そういう仕事に従事している人のことを指すことが多いように感じるので困る。

エクストリームプログラミング読了した

エクストリームプログラミング読了した。

エクストリームプログラミングの第二版を読了した。 これまでなんとなく「こういうやり方だったらな」と思っていたことが、現実に体系化されていて、効用も記載されていたので、自分の中で未確定だったものが固まってきたように思う。

エクストリームプログラミングを経営者としての観点で見ると2つ価値観を変えないといけないなと思う。

1つは、自社の開発については、ランニングコストと効果を見ていくことができるので、短期と長期の目標設定がやりやすくなるのではないかと思う。 短期間でデプロイ(毎日かも)できるので、必要機能やバグの修正も早い。これは顧客不満足の解消につながるものだと考えられる。 開発チームは徐々に小さくすべきなどの助言もあり、このあたりはうまくチームを軌道にのせられるといいなと感じた。

もう1つは、他社のための開発で、納品時にお金をもらうスタイルでは、この方式は使えないということだ。 納品までにお客さんの経験値が上書きされてしまえば、もっと良くしてほしいと願うお客さんの欲求が高まるのは自然の流れだ。 だから、単発仕事を段階的に納品していくことは、自分のクビを締めていることに早く気づくべきだった。 早い段階からシステムを見てもらうことは、本当はだめだったんだということに気づけた。 これからは気をつけたい。

ということで、段階的に(毎月とか、3ヶ月に1回とか)お金をもらえない場合は、ウォーターフォール型の検収をお客さんに投げたときに、「仕様面が満ちている」ことに対して、ストーリーが満たされていることをきちんとお客さんに理解してもらわないといけない。

登録ボタンを右ではなくて左にするくらいの画面変更はいいが、ストーリーとまったく関係ない修正を許容しないことを事前に同意させる必要があることを気をつけないといけない。 お客さんも成長するからだ。わたしたちのお金で。

こういうことをかくと怒られそうだけど、お客さんたちは、自分たちの検収能力があるといいう前提で話を進めることが多いけど、わたしたちはお客さんには検収能力がないことを前提としないといけない。そして、検収能力がないお客さんには「おまかせください」と高い金額を見積もり、検収能力があるお客さんには「それは最初の要件になかった」と追加工数をもらわらないといけない。

エクストリームプログラミングをやっていける現場は、一昔前では「レベニューシェア」という形で実現されていた方法を、「きちんと支払ってね」とやってくれるような現場でないといけないのだなと。なぜかというと、開発はリスクだけど、失敗は利益だからだ。失敗してリスクがあるのは開発チームだけで、レベニューシェア的な利益とは、売上だからだ。 失敗からも利益を得ないといけないのに、片側だけリスクをとるのは均衡がとれていないだろう。

いろいろ書いたけど、エクストリームプログラミングを読んで良かったと思う。 次に KAIZEN JOURNEY を読んで、最終的に自分たちの仕事に落とし込んでいきたいと思う。